Dilemma


ひさしぶり。
そういって笑った遙の顔は、最後に会った日よりもずっと、やつれていた。

私ね、私言えなかったことがあるの。

それは僕も同じだ。僕はあの日、彼女の言葉を遮った。
遙の言葉をどうしても聞きたくなかった。
でも、今考えると僕も、遙に言いたいことがあったんだ。

だからあの日、会話を遮った。
「やめてくれ」
君は驚いたような顔をしてた。いや、驚いていたんだろう。

夕暮れから、夜空に変わる空がどんなに素敵か、君は僕に教えてくれようとした。
あなたは上を向くのを怖がって下ばかり見ているから、知らないでしょうって。
僕は空がどんなに美しいか知っていたよ。だから、向かい合えなかった。
君は僕のどすぐろい感情を知らないから、あんなに驚いたんだ。
君が思う以上に、僕は卑怯な偽善者だ。自分勝手な人間だ。
君がそれを知らないのが、君が純粋な証のようで、ひどく疎ましく思えた。
僕がどんな人間か、大声で叫んでやりたかった。
そのくらい、僕は嫌な人間なんだ。

だからあの日、彼女の言葉から耳を背けるくせして、僕も空を見上げたいと思ってしまった。
空は、本当にきれいだったよ。空がグリーンだなんて、僕は知らなかった。緑とか、黄緑じゃない。本当の、透き通るようなグリーンなんだ。その色は水色と溶け合うようにして、紺へ変わっていく。あれからここで空ばかり見続けてきた僕は、君よりずっと、空を知り尽くしてる自信がある。僕はあれから上ばかり見ているから。

「好きだったの。もっとずっと同じ時間を過ごしたかった」

そうだね。僕もそうだ。知ってたよ。君をずっとみつめていたから。
僕がこんな人間じゃなければ、君にこの想いを、声に出して伝えられただろう。
でも、たまに思ってしまう。こうしているほうが、君をつなぎとめておけるんじゃないかって。
だからもう、ここにはこないでくれ。
その願いを言うことも許されないのは、僕に課された永遠の罰だ。