Guilty for flying
汗ばむ体に、髪をまとめて横に流して気休めにする。
冷蔵庫から赤い麦茶を取り出す。
コップに注いで勢い良く飲み干すと、一瞬だけ、苦しさが遠くへ行ったような気がした。
「気のせいだよ」
遠くの鏡から私の声がする。紛れもない私の声。
彼女は私で、私じゃなかった。
『ねえ、死んだら人はどうなるの』
いつだったか、そう聞いたことがある。
私は彼女を亡霊だと思っていた。
死んだ気で生きようとか、そんな誰かみたいなことを思ったことはなかったけれど、彼女をはじめて見たとき、ああ、彼女は、あの日死んだ私なんだなあと思った。
『わからないよ、あたしはまだ、死んだことない』
『あたしって言うの、自分のこと』
『そうだね、あの日を続けてたら、そうなってるかもしれなかった』
『しあわせ?』
彼女は答えてくれなかったなあ。もう、何年も前のこと。
「どうして気のせいだなんて言うの?」
「あんたが幸せじゃなきゃいいと思うから」
「あなたは幸せじゃ、なかったのね」
「……逃げればよかったんだ、あの日」
「でも私は、あの日逃げたことをずっと後悔してる」
「だからもう逃げないでしょ?」
そうなのかはよく分からなかった。
あの後、彼女も逃げたのかもしれないなんて確信だけ芽生える。
逃げないなんて、「私」には不可能だったのに違いない。
「逃げたのね」
「死のその先が、無だったら良かったのにね。そしたらもう、あたしは何にも追い立てられないのに」
「まさかあなた、『逃げた』の?」
彼女は答えなかった。そしてそれは何よりの答えだった。
握りしめてぬるくなったコップが、滑って落ちる。
私がとっさに避けた足のせいか、澄んだ音を立てて形をなくしたそれの破片をひろう。
手に力を込めると、じんわりとした痛み。
重く鈍い音とともに縁側から入った風が、風鈴を揺らし、涼しげな音を立て始めていた。